天皇陛下・令和・民主主義-「天皇陛下のおかげで、日本は民主主義になれたんだよ」

解説-令和への改元の話題があふれている中で、天皇制に対しても国民が考える機会になっており、色んな意見が出ています。その中には天皇陛下・天皇家存在に疑問を呈し、国民の上に天皇家があるのは国民平等と民主主義に反するという意見もあります。

しかし、それは逆で日本国民が平等となり、日本が民主主義を取り入れることができたのは、天皇陛下のおかげと言えるのです。

民主主義が根付く条件

民主主義の一番重要な原則は一人一票ということです。これは、一人ひとりに性別や能力の差があっても全員平等に一票しか持てないという意味です。よく考えれば、これほど不条理なことはありません。

何十億も稼いで、たくさんの税金を払って、結果的に国に貢献している人も、自堕落的で仕事もしないで親のすねをかじっている人も同じ成人であれば、同じ一人一票なのです。そして、その同じ一票が同じ価値の一票として、国の政治を決めるのです。これはたくさん税金を払って、国に貢献している人やお金と権力を持っている人から見れば、全く税金を払っていない人や自堕落的な生活を送っている人と同じ権利しか行使できないのは不公平に見えます。

現在民主主義国家となっているヨーロッパの国も昔は身分の格差がありました。特にキリスト教カトリックはローマ教皇を中心に下に協会があるといった階層的な仕組みになっており、神父様と一般民衆が平等で同じ権利を有するという考え方はありませんでした。

そんな社会を変えたのが、1517年にルターが展開した宗教改革です。これにより、ローマ教皇の権威を否定し、神父も一般民衆も「神の前に万人は平等」という考え方が生まれました。人間はみんな神に作られた小さな存在だから、人間の個体差などは神の前では瑣末な違いであり、神の前では人間という生物として見たら同じだということです。この神の前に平等の考え方が一人一票という民主主義の基本的な考え方を担う土台となりました。

つまり、創造主(神)という万物を超越したものの強大な存在感と権威があってこそ、人間は個体差を超えて平等という意識を持つことができるようになったのです。

日本では天皇陛下が民主主義の源泉

現在ではヨーロッパのほとんどは民主主義国家となっており、これは先に述べた一神教であるキリスト教と宗教革命による「神の前には万人が平等」という考え方が浸透したことが大きく影響しています。

では、一神教ではない日本がヨーロッパに次いで民主主義国家になれたのはなぜでしょうか。日本にも江戸時代以前には「士農工商」に代表される身分制度がありました。武士と町民が同じ身分であるという考え方は全くありませんでした。

これを解決したのが天皇陛下の権威です。ヨーロッパでは「創造主(神)の前では個体差はあっても所詮同じ人間だ」という理論で平等化が行われました。これを日本では「天皇陛下の前では個体差はあっても所詮同じ天皇陛下の臣民なのだ」という理論で平等化を行ったのです。

一神教ではなく、八百万の神を信じる多神教国家の日本では、万物を超越した神という絶対的存在ありませんでした。そこで、考え出されたのが「一君万民」という天皇陛下の下では国民全員が家臣という点では同じという考え方です。

当然、国民の中にも個体差があるのですから、優秀な国民とそうでない国民がいるのですが、「天皇陛下の下では全員同じ家臣であるという身分に違いはない」という理論によって、民主主義に必要な身分を乗り越えて国民皆平等という原則を作り上げたのです。

天皇陛下が無私であるからこそ

日本において「一君万民」が成立したのは天皇陛下が天照大神の血統を万世一系で継いでいるという神話の上に成り立っている宗教的側面がひとつあります。もうひとつの重要な要素は天皇陛下が国民の中で尊敬される存在であったということです。

これは今の今上陛下を見ると人間性が素晴らしく、尊敬されるのは当たり前のようですが、歴代の天皇全てが素晴らしい人間性を持った人物だったわけではありません。例えば、後醍醐天皇は権力奪取という私的目的に邁進し、国内を戦乱に巻き込みましたし、孝明天皇は偏狭な攘夷論者で、開国に徹底的に反対し、日本の近代化を阻害する要因でした。

しかし、重要なのは、天皇陛下は一貫して国民のために祈る存在であり続けたということです。祈るという行為は自分のためではなく、ただ他人のため、国民のための行為です。例外的な天皇はいたとしても、歴史上誰も天皇に取って替わる権力者がいなかったのは、他国の王様や皇帝と違い、天皇は無私の存在であることを日本人全体が尊敬していたからではないでしょうか。

その尊敬の気持ちが「一君万民」を国民に浸透させる原動力となり、他のアジアの国に先駆けて、キリスト教国でない日本が民主主義=普通選挙法(女性に選挙権はなく不十分ですが)を1925年の段階で成立させることに繋がっていったのです。

まとめ:天皇陛下こそが日本の民主主義の源

天皇制反対論として、天皇陛下という存在が国民平等の原理に反するという論がありますが、これまで述べてきたとおり、これは全くの逆です。キリスト教という一神教ではないアジアの日本が民主主義になるためには、天皇陛下の下に「一君万民」で国民を平等化することが必要だったのです。

以前の記事でも述べましたが、国会議事堂は戦前から建築されているのを見ても分かるとおり、日本は戦前から民主主義があり、敗戦後アメリカに民主主義を教えられたわけではないのです。

その日本独自の民主主義の根幹には天皇陛下の存在があったという見方は人とは違った見方と言えるのではないでしょうか。

消費増税・萩生田発言-「当たり前の発言を袋叩きになる空気に対してこそ、戦前の反省を生かそうよ」

解説-萩生田幹事長代行がネットテレビで「6月の日銀短観(全国企業短期経済観測調査)の数字をよく見て『この先危ないぞ』と見えてきたら、崖に向かい皆を連れていくわけにいかない。」と発言し、10月の消費増税の延期を示唆する発言をしました。

この発言に対して、菅官房長官や麻生財務大臣が即座に火消しする発言を行い、二階幹事長も苦言を呈し、自民党側は火消しに躍起になりました。マスコミも日本商工会議所の三村明夫会頭の「ちょっと信じられない。」という反発の声を拾い、萩生田発言は袋叩きにあっています。

しかし、冷静に考えて、景気を判断する「数字を良く見て」増税ができないようだったら、取りやめるべきだという発言自体のどこに問題があるのでしょうか。消費増税を行って景気がより悪化するのであれば、それをやめるべきという正論です。

この正論を袋叩きにする空気こそ、マスコミや左翼が良く言うところの、戦前の「モノを言えない空気」そのものではないでしょうか。

「決まっているから変更するな」という愚論

萩生田氏の消費増税見送り発言に反発している側の意見は「幼児教育無償化の予算は消費増税分を盛り込んで成立しているから不可能だ」や「社会保障の財源として安定した社会保障制度維持のために必要だ」というものです。これらの反対論はいずれも「決まっていることだから変更するな」という共通項があります。

幼児教育無償化の予算が消費増税分を盛り込んでいるのであれば、補正予算で国債を発行して予算措置をやり直せばいいことですし、社会保障の財源に関しては、本当に消費税でやらなければならないのかを再度議論していけばいい話です。

話は多少逸れますが、そもそも社会保障制度とは弱者救済のための制度であるはずです。それを逆累進性の高い(弱者に負担が大きい)消費税で財源を確保するのは社会保障制度の趣旨に反すると思いますが、この話はいずれ別記事で触れたいと思います。

戦前の正論が通らない状況と同じ

話を戻しますと、決まっていることでも未来に良い結果が待っていないのであれば、変更するのは当然です。現状は世界経済に米中貿易戦争や中国の景気減退、ブレグジットとたくさんのリスクがあり、いずれもリーマンショック級になり得る状況です。その中で、5月に発表が予定されている1~3月期のGDP速報値はマイナス成長になる可能性が高いという声が多数出ています。

この状況下で消費増税を行えば、景気がより悪くなることは確実です。現にこれまで2度消費税を上げていますが、いずれも景気が落ち込んでいます。だからこそ、今回の増税に関しても増税対策の予算を盛り込んでいるのです。つまり、政府も野党もマスコミも増税したら景気が悪くなることはわかっているのです。

にも関わらず、決まったことだから、増税に対して経済界も準備しているからという理由で増税延期論を袋叩きにして潰そうとする勢力は戦前の失敗から何も学んでいないことになります。戦前も中国大陸で戦争しながらアメリカと開戦しても確実に負けるという分析が政府の中でもできていたにも関わらず、アメリカとは戦争すべきでないという正論が開戦やむなしという圧倒的空気によって潰されました。

マスコミを中心とした戦前の日本が悪かったという人たちは、戦前の「モノが言えない空気」が悪かったと散々批判していたのではないでしょうか。今回の萩生田発言に対する袋叩きは、戦前の「アメリカと開戦すべきではないという」正論を「弱腰」として潰した当時の空気感そのものではないかと思います。

どっちが悲惨なのか

確かに3月に成立した予算の中には消費増税分を財源とした幼児教育無償化があり、経済界も消費増税に備えてキャッシュレス決済への対応も始めているため、今から消費増税を延期したら、各方面に影響は出ます。これまで準備していた時間と費用が無駄になるのですから反対する理由はわかります。

しかし、一時の時間と費用が無駄になることと、リーマンショック級のリスクがいくつもあり、国内の経済状況も悪化している中で消費増税を強行して、日本経済を谷底まで突き落として、「令和の失われた○年」を作り国民全体が不幸になることと、どっちが悲惨なのかということです。

少なくとも、現状の世界経済におけるリスクと国内経済の景気状況、その状況の中で消費増税を行うことについての影響こそ、国会で議論するべきです。

まとめ:私たち国民のためにこそ、消費増税中止を

景気が悪くなることが分かりきっているにも関わらず、それに懸念を表明し、見直しを言及しただけで、データに基づいた議論をすることもなく、発言自体を封じてしまうという風潮は戦前の「モノを言えない空気」と何が違うのでしょうか。戦前の日本を批判する勢力こそ、政治・言論空間を戦前と同じ状況にすることに加担しているのではないでしょうか。

「消費増税して国滅ぶ」では意味がありません。経済紙ウォールストリートジャーナルからは「安倍晋三首相は年内に消費税率を引き上げ、景気を悪化させると固く心に決めているように見えるのだ。」とまで書かれています。

消費増税賛成派が言う「将来世代にツケを残すな」は全く逆です。この世界経済の減速の中で日本経済をより悪化させる消費増税の強行によって発生する不況と、そこから這い上がるためのコストと時間こそが、将来世代により重いツケとなって残るのです。

過去二回の消費増税による経済の悪化と戦前の「モノを言えない空気」の反省、つまりマスコミが良く言う「歴史の反省」が本当の意味で今こそ必要なのです。このように萩生田氏の発言と歴史を絡めた見方も人とは違った見方と言えるのではないでしょうか。

北朝鮮・新型誘導兵器-「金正恩委員長はレッドラインとクーデターの両方を気にしてるね」

解説-4月17日に金正恩委員長が新型誘導兵器の発射実験を視察したことがニュースになりました。第二回米朝首脳会談が失敗に終わり、ミサイル開発施設の再稼働を進めているという報道があっていた中での発射実験とその視察です。

これは国内向けにアメリカに対抗する意思があると見せるアピールです。しかし、弾道ミサイル発射実験でも、核実験でもなく新型誘導兵器という点に金正恩委員長のアメリカへの恐れが出ています。

レッドラインは核実験と大陸間弾道ミサイル実験再開

2017年の一連の北朝鮮危機の中で、アメリカは本当に戦争一歩手前までの準備をしており、北朝鮮に最大限の圧力を掛けました。その結果、年が明けた2018年4月に金正恩委員長が核実験と大陸間弾道ミサイルの発射実験を中止することを宣言し、その後の南北首脳会談を経て、第一回米朝首脳会談という対話への道が開かれることで、表面上は緊張がゆるんだ形になっています。

北朝鮮が核実験と大陸間弾道ミサイルの発射実験の中止を発表したことが対話路線への転換点なっています。しかし、米朝首脳会談が行われても、あくまで経済制裁は全くゆるめておらず、当面のアメリカの軍事攻撃の可能性が低くなっただけです。

つまり、核実験と大陸間弾道ミサイル実験を再開するということは、対話路線の前提を崩すことになり、即アメリカの軍事的圧力が2017年の戦争一歩手前のレベルにまで引き上げられるレッドラインということになります。

特に軍部の不満に対応する必要性

北朝鮮としてもレッドラインが分かっているからこそ、今回の新型誘導兵器の発射となったと思われます。しかし、いずれにしても軍事的な挑発行為であることは間違いないですし、経済制裁解除に向けて逆効果な行為です。それでも金正恩委員長は発射をやらざるを得なかった理由があると思います。

最大の理由は第二回米朝首脳失敗を受けて、国内統制を強化するためです。会談では寧辺の核施設の廃棄と引き換えに経済制裁を解除させようという北朝鮮の思惑は完全に潰され、成果なく終わりました。首脳会談前はメディアも使って、成功間違いないとアピールしていた手前、成果なく終わったという結果は国内の不満をためる結果となっています。

特に軍部は金正恩委員長に代わってから、先軍政治から軍事力と経済政策を追い求める並進政策へと政策の転換が行われ、これまでの利権と権力が削られている中で、不満が高まっていました。今回の会談失敗で軍部からの声が大きくなるのは確実で、アメリカとの交渉を有利に進めるために、軍事力の強化を進めるべきという意見が力を持つでしょう。

もちろん、その背景には軍部が利権を取り戻したいという意図があるのですが、米朝会談が宥和姿勢で失敗した以上、軍部の意見が力を持ってくることは確実です。その中で、レッドラインを意識しつつ、軍部に配慮する形として今回の新型誘導兵器の発射を行ったのではないかと見ています。

軍の本質とクーデター

軍部は実際に軍事力を持った実力組織であるため、常にクーデターの危険があると言えます。軍部を抑えることは独裁者が必ずやらなくてはならない最優先課題であり、逆に言えば、軍部は独裁者を倒す力を持った独裁国家の中では実質的に唯一の存在であるとも言えます。

しかし、軍部がクーデターを起こして、独裁者を倒しても、その後の国内統治が問題となります。北朝鮮も一応国連加盟の独立国ですから、武力で国家元首を倒した軍部のリーダーを国際社会が正当な指導者と認めるわけにはいきません。これを良しとしてしまえば、同じことが世界中で起きて、民主主義が破壊され、軍事政権が乱立することになります。

逆に言えば、クーデター後の統治が国際社会にも認められ、クーデターを起こした側の安全も確保される見通しがあれば、クーデターを起こす動機が出てくるということです。

「自由朝鮮」の可能性

ここで、重要な北朝鮮国外での動きがあります。北朝鮮の独裁体制の打倒を掲げる「自由朝鮮」が3月1日に臨時政府の樹立を表明したことです。この「自由朝鮮」は金正男の暗殺後、息子のハンソル氏を救出し、注目を集めた組織です。組織の中身は謎に包まれていますが、脱北者を中心として組織されていると見られています。

また、2月にはスペインの北朝鮮大使館を襲撃し、盗んだデータをアメリカのFBIと共有したことを発表しています。つまり、アメリカと関係のある組織であることをアピールしているのです。

これは、先述のクーデターの話とつながってくるのですが、北朝鮮の軍部がこの「自由朝鮮」と連携したらどうでしょう。既に臨時政府樹立を表明しており、アメリカと繋がっているということは、アメリカの後ろ盾も期待できるだけでなく、金一族直系のハンソル氏というカードもあります。

クーデター後はハンソル氏を指導者とし、統治を行えば、国内の権力正統性も確保できる可能性が高いということになます。こうなれば、軍部と「自由朝鮮」が連携すれば、クーデターを起こす動機が高まるという見方ができます。

まとめ:「自由朝鮮」はアメリカのカードにもなる

実際に独裁国家であり、情報が遮断されている北朝鮮の軍部と「自由朝鮮」が連携して動くことは、容易なことではありません。しかし、先述の「自由朝鮮」の臨時政府樹立表明と金一族直系のハンソル氏の存在は、アメリカにとっても使えるカードということです。

具体的には、北朝鮮がレッドラインを越え、アメリカが金正恩委員長の斬首作戦を実施する展開になった後の北朝鮮国内統治に「自由朝鮮」がそのまま使えるということです。これは、アフガンやイラクで失敗中の戦争後の北朝鮮国内統治の処理の道筋が見えているということです。これはつまり、レッドラインを越えた時にアメリカが軍事作戦の実行に際してのハードルが下がることになります。

このような危険が分かっているからこそ、金正恩委員長は経済制裁が効いており、お金もない中でも、軍部を抑えるために新型誘導兵器の発射を行わざるを得なかったのだと見ています。

このように「自由朝鮮」とクーデターのという要素も入れて、今回の新型誘導兵器の発射という暴挙のニュースを見るのは、人とは違った見方と言えるのではないでしょうか。

尖閣諸島・自衛隊-「弱腰でなく、中国は自衛隊が出てくるように挑発しているんだよ」

解説-中国の尖閣諸島への野心は衰えることを知らず、継続して海警局の船を領海・接続水域・周辺海域に入れてきています。日本政府は中国に抗議をし、現場では海上保安庁の巡視船が退去するように警告をするというのが、最近繰り返されている反応です。

これに対して、日本国民の中には、政府の対応が抗議と巡視船の警告しかしないことを弱腰として批判が出ていることも事実です。しかし、領海を犯されているのだから、巡視船ではなく自衛隊を出すことは、中国の思う壺になるので反対です。

中国の尖閣諸島領有権主張の弱み

中国は執拗に海警局や軍艦も含めて、尖閣諸島周辺に継続的に侵入してきています。また、尖閣諸島を「核心的利益」と述べて、妥協の余地のない国益であることを示しています。この「核心的利益」という言葉はチベットや台湾に対しても使われている単語です。

これほどまでに中国が尖閣諸島に固執するのは、尖閣諸島の海底に手つかずの石油や天然ガスの資源が眠っているからです。実際に中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めたのは、1960年代の終わりに国連の専門機関が尖閣諸島の海底に資源があるという報告書を出した直後です。

それまでは中国は一度も尖閣諸島の領有権を主張したことはありませんでした。それどころか、決定的な弱みとなるものを中国政府自身が世界に向けて発表しているのです。

それが、中国共産党の機関紙である人民日報が過去に発行していた記事なのです。1953年1月8日付けの記事の中で「琉球諸島は、(中略)尖閣諸島、先島諸島、大東諸島、沖縄諸島、トカラ諸島、大隅諸島の7組の島嶼からなる」という記事が出ています。

その他、1960年4月に出版された中国の地図出版社が出した世界地図集でも尖閣諸島は沖縄県に属するものとして扱われています。こうした出版物は中国国内だけでなく、世界中に存在しているので、その全てを処分することは難しい状況です。

また、1920年に中国(当時は中華民国)が日本側に対して出した遭難した漁民を日本側が救助したことに対しての感謝状があり、その中では遭難した漁民が漂着した場所が「日本帝国沖沖縄県八重山郡尖閣諸島」と記載されており、当時の中国が尖閣諸島を日本の領土と見ていたことがわかります。

このような記事や地図や感謝状の存在は、中国にとって領有権主張の弱みであることは間違いありません。歴史的に見ても、国際法的に見ても中国固有の領土だという主張は真っ赤な嘘なのです。

中国の狙いは紛争を起こすこと

中国の尖閣諸島領有権の主張が自らの機関紙が発行した記事によっても正統性がないものであることは、中国側も十分承知です。それでも、中国は尖閣諸島を奪うべく、何度も領海や接続水域に船を侵入されているのです。

中国側の戦略は尖閣諸島で紛争を起こすことです。紛争が起きてしまえば、「これまでの過去の経緯はどうであれ、現在領土をめぐって紛争が起きている」と国際社会にアピールができます。

そうなると、ここが日本の決定的な弱点なのですが憲法9条により、「国の交戦権は、これを認めない」のですから、武力ではなく話し合いで解決という手段しか日本にはありません。話し合いになれば、話半分が外交交渉の基本ですから、完全なる日本の領土である尖閣諸島の領有権のいくらかを中国に奪われることになります。

この中国の戦略が分かっているからこそ、日本は自衛隊を出さず、あくまで海上保安庁の船で対応しているのです。挑発に乗って自衛隊を出してしまうことこそ、中国の戦略に乗ることになり、国益を失うことになります。

同時に、中国の船は機関砲と見られるものを積んでいたり、軍艦を白に塗って海警局の船にしていたりと火力では圧倒的に劣るという恐怖の中で、懸命に職務を全うされている現場の海上保安庁の職員の方への感謝の気持ちを国民が忘れてはならないと思います。

まとめ:尖閣諸島は安保適用の範囲だが・・・

現在、日本政府の見解は「尖閣諸島には領土問題はない」という立場です。これは先述の中国の戦略に乗らないという意味もありますが、日本の施政権が及んでいるということを示す意味もあります。

アメリカとの日米安全保障条約の第5条に日本の防衛義務を定めた項目がありますが、これに関して、アメリカは尖閣諸島も安保第5条の適用範囲であるとしています。しかし、ここには前提条件があり、「日本の施政下にある領土」である必要があります。つまり、領土紛争があると認めてしまえば、日本の施政下にあるかどうかわからないとなり、安保5条の適用範囲外になる危険性もあるのです。

中国の挑発に乗って自衛隊を出動させることは、尖閣諸島に領土紛争があるということで、日本の施政下ではないという宣伝を中国が国際社会に行うことは十分に予見されることです。そうなると、米軍も安保適用が難しくなりますし、先述の通り憲法9条がある日本の交渉は圧倒的に不利になります。

政府の弱腰を批判している方々はもちろん、日本が中国の侵略することを危惧していると思いますが、自衛隊を出せない背景を理解した上で、議論してほしいと思います。

このように弱腰と見える日本の対応の背景には日米安保条約と中国の意図に乗らない戦略的事情があるという見方も人とは違った見方と言えるのではないでしょうか。

台湾・安全保障協力-「トランプ大統領を利用し、日本もなし崩し的に協力できる方法を模索すべき」

解説:今年3月に台湾の蔡英文総統が産経新聞のインタビューの中で、安全保障・サイバー分野での直接対話を日本に呼びかけました。日台間に正式な国交はなく、中国の反発を考えると、安全保障分野での協力は難しいと考えてしまいますが、トランプ大統領の個性を利用して、なし崩し的に協力できる方法があるのではないでしょうか。

トランプ大統領なら何でもやりかねないという意識

トランプ大統領が大統領に就任してから、その圧倒的な公約実行力でこれまでの国際社会を形作ってきた秩序や暗黙のルールを破壊していきました。例えば、パリ協定からの離脱、東エルサレムへの大使館移転、TPPからの離脱、INF(中距離核戦力)廃棄条約の破棄など挙げればきりがないほどです。

その背景には、トランプ大統領がアメリカファーストで世界秩序を破壊しているという見方ではなく、中国と世界覇権をめぐり、対峙していくという大戦略があると見ていますが、トランプ大統領なら何でもやりかねないという空気があるのは事実です。

台湾に関するものでも、「台湾旅行法」を制定しました。この法律では閣僚級の安全保障関連の高官や将官など全ての地位の米政府当局者が台湾に渡航し、台湾側の同等の地位の者と会談することや、台湾高官が米国の国務省や国防省を含む当局者と会談することを認めることを定めています。

これは台湾を限りなく国家と認めるに等しい法律で、理屈の上ではトランプ大統領の訪台や蔡英文総統のワシントン訪問が可能になります。当然中国は強烈に反発しているのですが、中国の反発を恐れずに米台関係を強化していくことが、対中戦略にとって有利になるという視点で実際に軋轢を気にせず実行していくことは、トランプ大統領の強烈な個性があってこそできることだと思います。

台湾の地政学的重要性

トランプ大統領が台湾を重視している理由は、台湾の地政学的な重要性です。中国は南シナ海の領有権主張、台湾への武力行使も辞さないという発言や日本の尖閣諸島への領有権主張などを行っており、その背景にはオバマ前大統領との会談で発言したとされる「太平洋を東西で分割する」という戦略目標があります。

このように、中国は太平洋に進出する野心を持っていることは明白ですが、中国が太平洋に出て行くときに邪魔になるのが台湾と日本なのです。これは世界地図を中国中心に見ると良く分かります。中国が太平洋に出ようとすると日本列島が蓋をする形になっています。日本列島を避けて南側を抜けようとすると台湾が邪魔をする形になるのです。

だからこそ、アメリカにとっては、中国の太平洋進出を防ぐ拠点として台湾は非常に重要であり、軍事協力も積極的に行っているのです。ちなみに、台湾に近い沖縄にアメリカ軍の基地が集中しているのも、台湾に中国が攻撃したらすぐに駆けつけられる位置だからという地政学的な理由もあるのです。

日本にとっても台湾は重要で、日本が輸入する原油の8割が台湾近海を通っています。台湾近海は日本にとって最も重要なシーレーンといえます。シーレーンとは通商・戦略上重要な価値を持ち、有事に際して確保すべき海上交通路のことです。この台湾が中国に取られ、海上封鎖されれば、日本にエネルギーを輸送する船舶は大きく迂回ルートを取らねばならず、日本のエネルギー価格は高騰し、最終的には日本の国際競争力を削ぐことにつながります。

このように、台湾が独立を守り、中国の侵略的意図を跳ね返し続けることは、日米両国にとって、重要な国益であるといえるのです。

まとめ:トランプ大統領が台湾への安全保障協力を開始する時に即応しよう

「台湾旅行法」だけでなく、現在進行形の米中防衛機戦争とファーウェイの締め出しや前の記事のペンス副大統領の演説を見ても、アメリカが中国の覇権主義に対抗する戦略があることは明白になっていきました。

こうした中でアメリカよりも地理的に近い距離で中国と対峙していく日本にも大きな戦略観が必要になってきます。日本と台湾は正式な国交はありません。だからこそ、日本が単純に安全保障上の協力をすることはできません。これはアメリカも同じで、武器の供与はしていますが、米台で軍事演習を行うことはできないのが、これまでの国際社会の常識でした。

しかし、これもこれまでの国際常識でイスラエルの主権を認めてこなかったゴラン高原の主権をイスラエルに認めるという判断を、ロシアやシリアの反対を押し切って、決定できるトランプ大統領であれば、台湾との軍事演習を中国の反対を押し切ってやっていく可能性もあります。

実際に2018年8月13日にトランプ大統領が署名した国防権限法(NDAA)案には台湾について言及した箇所で、台湾との実践的な訓練及び軍事演習の推進を含め、「台湾旅行法」に基づき、米台の国防長官及び将軍クラスの交流を促進することも定められており、米台軍事演習の可能性は高まってきています。

日本としては、このトランプ大統領の動きにすぐに即応できるように、トランプ大統領との口裏合わせをしておく必要があると思います。具体的には、普通に米台軍事演習に関わることを発表することは、中国の反発と台湾との正式な国交がないことを考えるとできない状況です。

そこで、トランプ大統領から対日貿易赤字を非難させて、そのバーターとして米台軍事演習にお金や自衛隊を出すように言われたという形を作れば、トランプ大統領に言われて仕方ないという形で日本も台湾に協力できるようになります。

そのようなずる賢い外交を展開して欲しいと願います。今の安倍・トランプの友好関係であれば、それくらいの口裏合わせはできるのではないかと思います。このようにトランプ大統領の強烈な個性を国交のない台湾と日本が協力するために利用するという視点は、人とは違った視点と言えるのではないでしょうか。

統一地方選・野党共闘失敗-「これは衆参ダブル選挙の実施に大きく影響するかもね」

解説-4月8日に統一地方選挙が行われました。大阪維新の会が知事・市長のダブル勝利や保守分裂等の色々な話題がありましたが、北海道知事選挙では唯一の与野党一騎打ちの結果、与党側の勝利に終わりました。

共産党とまで組んだ野党共闘が野合と有権者に見られたという見方もありますが、私はこれが国政の衆参ダブル選挙回避に動くのではないかと懸念しています。衆参ダブル選挙がないということは、消費増税が回避できないことになるからです。

野党共闘が通用しない?

今回の北海道知事選挙は立憲民主、国民民主、共産、自由、社民の主要野党5党が「雇う統一候補」を推薦しました。今年夏の参議院選挙の改選一人区の野党共闘に向けた試金石となる一戦でしたが、与党候補に負けるという結果に終わりました。

しかも、北海道は伝統的にリベラルが強く、自治労や日教組の支持基盤も固い地域です。そこでも野党共闘しても勝てないということは、この夏の参議院選挙の改正一人区だけでなく、衆議院選挙での野党共闘に関しても暗雲が立ち込めた結果となってしましました。

今回はあくまで北海道という一地方の選挙結果にすぎず、対立候補の鈴木氏の知名度が高かったということもあり、この結果がそのまま国政選挙へ当てはまるかというと疑問符が付きますが、今回の統一地方選唯一の与野党一騎打ちに負けたという事実は重いものがあります。

衆参ダブル選挙を回避?

野党側としては野党共闘の戦略の見直しが必要となるでしょう。逆に心配なのが、自民党と官邸の動きです。この一騎打ちの勝利に気を良くして、「野党共闘恐るるに足らず」となってしまえば、衆参ダブル選挙をやる動機が減ってしまうからです。

そもそも、衆参ダブル選挙を行う動機の1つは、参議院選挙は一人区で野党共闘が成立する可能性が高く、自民党が苦戦する可能性があるということでした。これに対して、衆議院を解散して衆参ダブル選挙を行えば、衆議院選挙について野党側の準備する時間がなく、選挙区間の調整が難しいため、結果的に野党共闘を潰す形になり、与党側に優位に働くという計算に基づいたものでした。

しかし、衆参ダブル選挙はリスクが大きいことも事実で、参議院選挙だけであれば政権選択の選挙にはなりませんが、衆議院選挙もダブルで実施すれば、即政権選択の選挙となります。これで負ければ、文字通り自民党は野党に転落することになり、安倍総理は戦後最長の在任期間の栄光を目前に、逆に自民党を野党に転落させた総裁として、歴史に名を残す危険性もあります。

実際のところは、現状の政党支持率を見れば、自民党の大敗は考えにくいのですが、小選挙区制で1選挙区に一人しか当選しない制度である以上、スキャンダルなどで逆風が吹けば一気に大敗へと向かう危険性は常にあります。そうすると、政権を安全運転させようと思えば、参議院選挙だけにしておく考えが頭をもたげてくる可能性があります。

消費増税が予定通り実施される危険

衆参ダブル選挙が回避される一番のデメリットは消費増税が予定通り行われてしまう危険性が高くなるということです。以前の記事でも説明した通り、今年11月の消費増税は法律によって決まっているので、凍結するには法改正が必要となります。

衆議院解散を打つ際には、解散の大儀が必要となります。衆議院解散時は小泉元総理の郵政民営化解散のような、これまでとは異なる政策の大転換を提示し、それを争点として直接民意を問うという形をとれます。そこで、「世界経済の減退の懸念を受け、消費増税を延期(凍結)する」を掲げ、選挙に勝てば、そのまま民意を得たとして消費増税の法改正が可能です。

しかし、参議院選挙単独となれば、政権選択選挙ではなくなるので、参議院選挙でこれまでと異なる消費増税の延期(凍結)という政策の大転換を公約として問うことは難しくなります。当然、財務省をはじめ、消費増税をしたい勢力は参議院単独にするように助言するでしょうし、自民党の衆議院議員も解散になれば、一斉に一旦は首になるわけですから、反対する声が大きくなるでしょう。

まとめ:安倍総理には決断を

今回の野党共闘の失敗が衆参ダブル選挙に影響を与え、消費増税が延期(凍結)されない危険につながっていくことを書いてきましたが、安倍総理には反対勢力に負けず、衆参ダブル選挙の決断を望みたいです。そもそもどの野党も支持率が上がらず、自民党を脅かす状況ではないということが、現在の自民党の甘えと驕りにつながっていると思います。

私たち国民も野党に対しても、厳しい目を持ち、反対ばかりでなく、大阪ダブル選で勝利した大阪維新の会のような、しっかりとしたビジョンと対案がある野党を育てていくことが、自民党の甘えと驕りをけん制することにつながると思います。

今回の統一地方選挙と野党共闘の失敗は野党の危機だけでなく、回りまわって消費増税を予定通り進めるようになる危険性を増やすという見方も、人とは違った見方と言えるのではないでしょうか。

消費増税・世界経済の減退-「まだ消費増税を取りやめる可能性は残っているかもよ」

解説-年度内に来年度予算が成立していきましたが、安倍総理もその他閣僚も今年の10月に予定通り消費増税を行うという発言を繰り返しています。しかし、その発言の内容と背景を見れば、まだ消費増税を取りやめる可能性は残っていると思います。

予算が成立するまでは消費増税を予定通り行うとしか言えない

安倍総理はこれまでに何度も予定通りに消費税の引き上げを行うと発言していますが、2018年10月15日の臨時閣議でも改めて、「19年10月に消費税を10%に引き上げる。あらゆる施策を総動員して経済に影響を及ぼさないように全力をあげる」と発言しています。また、その後の通常国会の施政方針演説でも「消費税率の引き上げによる安定的な財源がどうしても必要だ」と発言しており、10月の消費増税は覆せない決定事項のように見えます。

しかし、これらの発言の背景を見ていくと、まだまだ消費増税回避のシナリオはあり得ると思います。そもそも、通常国会前半の最大のテーマは新年度予算案を成立させることです。この予算案は来年度に見込まれる税収に対して、それをどのように使っていくかというものです。

来年度予算案の中で、来年度見込まれる税収の中に10月以降の消費増税分の税収も含まれています。そして、その税収を基に支出が計算されているため、具体的には幼児教育の無償化については、消費増税分の税収が充てられる案となっています。そのような予算案を提出している中で、もし、消費増税がなくなれば、この予算案自体が税収分の計算が合わなくなるため、全てやり直しとなってしまいます。

そうなれば、今年度中の予算成立は間に合わない事態に陥りますし、そもそも、消費増税自体が法律で決まっているため、消費増税の撤回は新しく法律を作る必要があります。だからこそ、安倍総理が消費増税を予定通り行うと言い続けるのは、本心がどこにあるにせよ、予算を成立させるためには当然の発言なのです。

5月頃から潮目が変わるか?

このように見ていくと、現在までの安倍総理の消費増税を予定通り行うという発言はあまり意味がないということになります。実際に安倍総理もその他閣僚も、消費増税に関する発言をする際には「リーマンショック級のことが起こらない限り」という枕詞を付けて発言しています。ということは、リーマンショック級が起これば、増税しないということです。

目下の世界情勢と経済状況を見てみると、イギリスはEU離脱についての案が何度も否決されており、合意なき離脱が現実味を帯びてきています。さらに、中国の景気減退は隠せなくなってきており、大規模な減税措置が取られると発表されています。また、中国経済減退の原因となった米中貿易戦争も終わりが見えず、仕掛けた側のアメリカ経済にも影響が出る可能性が指摘されており、FRB(米連邦準備理事会)は世界景気の減速を警戒し、2019年度中の利上げを行わないことを発表しました。

このように見ていくと、すでにリーマンショック級のことが起こっていると考える方が自然なくらい、世界経済の先行きに対して、各国が懸念しています。日本は政府の月例経済報告では表現を下方修正したものの「景気は緩やかに回復している」という判断を堅持しています。ですが、これはいわゆる「大本営発表」のようなもので、政府の主観が入っているため、実体経済を反映しているかは微妙です。実際に、客観的な数字である3月の景気動向指数では3ヶ月連続の下降となっています。

5月20日には1~3月期のGDP(国内総生産)速報値が出ますが、現状でいい数値が出ることはほぼ期待できません。それまでにも4月の景気動向指数や消費者物価指数等で景気減速を示す数字が出ることが予測されます。そのような景気減速の雰囲気がある中でGDP速報値が大きなマイナス成長となれば、消費増税を撤回する理由に十分なり得ると思います。

まとめ:消費増税撤回を大義に衆参ダブル選挙

もし、消費増税の撤回を決めたとしても問題になるのが、先述した通り、消費増増税は法律で決まっているという点です。消費増税を撤回するためには、新しい法律の制定が必要となります。

そこで出てくるキーワードが「衆参ダブル選挙」です。今年は参議院の改選が行われる年で、7月21日が有力視されています。この日を衆参ダブル選挙にするという話がちらほら出てきているのです。

そのためには衆議院を解散して民意を問うための大義が必要になります。そこで、世界経済の減速と5月のGDP速報値とそれまでに出る高確率で悪化している経済指標をもって、日本経済減速回避のために消費増税撤回を大義とするのです。

衆参ダブル選挙にすれば、参議院では統一候補を模索している野党も、衆議院での統一候補擁立は難しいと言われていることも、安倍総理に衆参ダブル選挙を決断させる追い風になると思われます。

しかし、当然ながら何としても増税をさせたい財務省からの徹底抗戦が予想されます。例えば、予算案で幼児教育無償化に消費増税分を充てていることを挙げて、情報戦を仕掛けることも考えられます。これは単純に補正予算を10月までに成立させて、幼児教育無償化にかかる2兆円の財源を確保すれば済む話です。例えば、教育国債という形で予算措置を行えば済む話なのですが、マスコミを使ってまた財政破綻のデマをまき散らす可能性があるので注意が必要です。

こうした増税派の反対に負けることなく、日本経済の安定した成長のためにも消費増税の撤回を大義として衆参ダブル選挙を行ってほしいと思います。このように、まだまだ消費増税の撤回の目があるという見方は人とは違った見方と言えるのではないでしょうか。

新元号・令和-「保守派に配慮して日本の古典から選ぶことでバランスをとったな」

解説:4月1日11時半過ぎからの菅官房長官の記者会見の場で、新元号が「令和」となることが発表されました。この「令和」は万葉集が出典ということで、これまで中国の古典から選ばれてきた元号が、今回初めて日本の古典から選ばれることになりました。この背景には、保守派への配慮が見え隠れしています。

ご譲位前の新元号発表に反対だった保守派

新元号の発表時期に関しては、ご譲位が決まってから様々な意見が出されていました。ITがこれだけ発展した現代社会において、プログラムの変更に時間がかかるため、早く発表してほしいという意見がある一方で、保守派からは早く公表することで、国民の関心が新天皇に向かい、現天皇が軽んじられかねないという批判もありました。

保守派の一部は「一世一元」の伝統を重視する立場から、そもそも新天皇が即位するまでは新元号を決めるべきではないという論調でした。しかし、IT化がここまで進んだ現代社会になり、各種情報システムの改修が必要な中では、早期に新元号を発表しなければ、国民生活に悪影響がでることも事実です。

「伝統」か「利便性」かという問題は、天皇陛下に限らず、日本独自の文化の中でしばしば直面する問題ですが、今回の新元号の1ヶ月前の発表というのは、伝統と利便性の間で何とか調整したギリギリの判断ではなかったかと思います。

参議院選挙前で保守派の支持を得たい首相

一方で政府サイドから見ますと、今年7月に迫る参議院選挙を見越して、保守派の支持層を失いたくないとの思惑があります。いわゆる保守派と呼ばれる層が安倍首相の岩盤の支持層であることは間違いありません。最近の改正入国管理法や実現はしていませんが、憲法に自衛隊に加憲で対処する案などは、岩盤の支持層である保守派からも懐疑的な意見が出ていました。

そのような状況下での新元号発表を新天皇ご即位前に前倒しするということは、保守派からの更なる反発が予想させる状況でした。そんな中で、2018年8月に新元号制定の際に中国の古典だけでなく、日本の古典も選択肢に入れて検討するというニュースが出ました。 この時のニュースはあくまで選択肢の一つとして日本の古典も検討するというニュアンスでしたが、もしかすると、この段階で日本の古典から出典することは規定事項だったのかもしれません。

実際の新元号決定の裏側は分かりませんが、客観的事実を見てみますと、保守派が反対する新天皇ご即位前の新元号発表は社会システム上不可避でしたし、その結果として保守派が反発したことは事実です。しかし、今回の日本の古典を出典として「令和」という新元号の決定により、保守派としては「中国の古典によらず、日本の古典から選んだこと」について、良い印象を持つことは確実でしょう。

保守派を黙らせる深謀遠慮?

保守派から見れば、「一世一元」の伝統を無視したことはマイナスですが、「中国の古典から選ぶ」という伝統を無視し、「日本の古典から選ぶ」ということはプラスになります。ここでのポイントはプラス点もマイナス点も保守派が言うところの「伝統」は同じく1つずつ無視をしている点です。

これでは文句を言いたくても言いづらい状況になります。保守派がマイナス点の発表時期に対して「伝統無視だ」と文句を言えば、ブーメランとしてプラス点の日本の古典から選んだことも同じく「伝統無視だ」ということになるからです。

まとめ:事実は何十年か先までわかりませんが・・・

もちろん、そのような政治的理由だけで新元号が決まったとは思いたくないですし、実際には有識者の懇談会により決めることになっているので、政府が直接新元号を決定されることはできません。

しかし、最近「平成」が決定するまでのプロセスが報道されるようになった中で明らかになってきたこととして、有識者の懇談会において、「平成」が選ばれるように他の候補を「修文」、「正化」とアルファベットで標記した時に「平成」以外は昭和とかぶる「S」が頭にくるものを選んで、誘導したという話も出てきています。

今回の「令和」決定のプロセスが明らかになるのは何十年先の話になると思いますし、実際のところは私の考えすぎである可能性も十分あります。しかし、このように新元号が初めて日本の古典から出典されたという事実の背景を政治的に考えてみることは、人とは違った見方と言えるのではないでしょうか。