天皇陛下・令和・民主主義-「天皇陛下のおかげで、日本は民主主義になれたんだよ」

解説-令和への改元の話題があふれている中で、天皇制に対しても国民が考える機会になっており、色んな意見が出ています。その中には天皇陛下・天皇家存在に疑問を呈し、国民の上に天皇家があるのは国民平等と民主主義に反するという意見もあります。

しかし、それは逆で日本国民が平等となり、日本が民主主義を取り入れることができたのは、天皇陛下のおかげと言えるのです。

民主主義が根付く条件

民主主義の一番重要な原則は一人一票ということです。これは、一人ひとりに性別や能力の差があっても全員平等に一票しか持てないという意味です。よく考えれば、これほど不条理なことはありません。

何十億も稼いで、たくさんの税金を払って、結果的に国に貢献している人も、自堕落的で仕事もしないで親のすねをかじっている人も同じ成人であれば、同じ一人一票なのです。そして、その同じ一票が同じ価値の一票として、国の政治を決めるのです。これはたくさん税金を払って、国に貢献している人やお金と権力を持っている人から見れば、全く税金を払っていない人や自堕落的な生活を送っている人と同じ権利しか行使できないのは不公平に見えます。

現在民主主義国家となっているヨーロッパの国も昔は身分の格差がありました。特にキリスト教カトリックはローマ教皇を中心に下に協会があるといった階層的な仕組みになっており、神父様と一般民衆が平等で同じ権利を有するという考え方はありませんでした。

そんな社会を変えたのが、1517年にルターが展開した宗教改革です。これにより、ローマ教皇の権威を否定し、神父も一般民衆も「神の前に万人は平等」という考え方が生まれました。人間はみんな神に作られた小さな存在だから、人間の個体差などは神の前では瑣末な違いであり、神の前では人間という生物として見たら同じだということです。この神の前に平等の考え方が一人一票という民主主義の基本的な考え方を担う土台となりました。

つまり、創造主(神)という万物を超越したものの強大な存在感と権威があってこそ、人間は個体差を超えて平等という意識を持つことができるようになったのです。

日本では天皇陛下が民主主義の源泉

現在ではヨーロッパのほとんどは民主主義国家となっており、これは先に述べた一神教であるキリスト教と宗教革命による「神の前には万人が平等」という考え方が浸透したことが大きく影響しています。

では、一神教ではない日本がヨーロッパに次いで民主主義国家になれたのはなぜでしょうか。日本にも江戸時代以前には「士農工商」に代表される身分制度がありました。武士と町民が同じ身分であるという考え方は全くありませんでした。

これを解決したのが天皇陛下の権威です。ヨーロッパでは「創造主(神)の前では個体差はあっても所詮同じ人間だ」という理論で平等化が行われました。これを日本では「天皇陛下の前では個体差はあっても所詮同じ天皇陛下の臣民なのだ」という理論で平等化を行ったのです。

一神教ではなく、八百万の神を信じる多神教国家の日本では、万物を超越した神という絶対的存在ありませんでした。そこで、考え出されたのが「一君万民」という天皇陛下の下では国民全員が家臣という点では同じという考え方です。

当然、国民の中にも個体差があるのですから、優秀な国民とそうでない国民がいるのですが、「天皇陛下の下では全員同じ家臣であるという身分に違いはない」という理論によって、民主主義に必要な身分を乗り越えて国民皆平等という原則を作り上げたのです。

天皇陛下が無私であるからこそ

日本において「一君万民」が成立したのは天皇陛下が天照大神の血統を万世一系で継いでいるという神話の上に成り立っている宗教的側面がひとつあります。もうひとつの重要な要素は天皇陛下が国民の中で尊敬される存在であったということです。

これは今の今上陛下を見ると人間性が素晴らしく、尊敬されるのは当たり前のようですが、歴代の天皇全てが素晴らしい人間性を持った人物だったわけではありません。例えば、後醍醐天皇は権力奪取という私的目的に邁進し、国内を戦乱に巻き込みましたし、孝明天皇は偏狭な攘夷論者で、開国に徹底的に反対し、日本の近代化を阻害する要因でした。

しかし、重要なのは、天皇陛下は一貫して国民のために祈る存在であり続けたということです。祈るという行為は自分のためではなく、ただ他人のため、国民のための行為です。例外的な天皇はいたとしても、歴史上誰も天皇に取って替わる権力者がいなかったのは、他国の王様や皇帝と違い、天皇は無私の存在であることを日本人全体が尊敬していたからではないでしょうか。

その尊敬の気持ちが「一君万民」を国民に浸透させる原動力となり、他のアジアの国に先駆けて、キリスト教国でない日本が民主主義=普通選挙法(女性に選挙権はなく不十分ですが)を1925年の段階で成立させることに繋がっていったのです。

まとめ:天皇陛下こそが日本の民主主義の源

天皇制反対論として、天皇陛下という存在が国民平等の原理に反するという論がありますが、これまで述べてきたとおり、これは全くの逆です。キリスト教という一神教ではないアジアの日本が民主主義になるためには、天皇陛下の下に「一君万民」で国民を平等化することが必要だったのです。

以前の記事でも述べましたが、国会議事堂は戦前から建築されているのを見ても分かるとおり、日本は戦前から民主主義があり、敗戦後アメリカに民主主義を教えられたわけではないのです。

その日本独自の民主主義の根幹には天皇陛下の存在があったという見方は人とは違った見方と言えるのではないでしょうか。

投稿者: ミカタマン

福岡県出身、熊本在住の普通のサラリーマン。2児の父親です。ニュースを見てひとりで文句を言うのが趣味です。その趣味が高じてこのブログを立ち上げました。

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