原発再稼働・もんじゅ-「日本は資源がなくて戦争に追い込まれたことを思い出そうよ」

解説-福島第一原発の事故から8年が経ちましたが、廃炉は未だ途中で、帰還困難区域の方々は故郷に自由に足を踏み入れることもできない状況です。原発事故が人々の普通の平和な生活を奪ったことについて、電力会社をはじめ、原発村の人たちには痛切に反省してほしいと思います。

しかし、だからといって原発絶対反対となり、全原発を止めてしまえという論調に飛躍することは、過去の戦争の失敗から目を背けることだとも思います。

資源がないことの弱さ

「日本は資源がない国」とよく言われます。だからこそ、技術を磨いて、品質の信頼性を上げ、世界で勝負してきました。家電は一時期の最盛期はすぎた感がありますが、自動車は今でも世界のトップクラスにあります。

日本は中東の国々やロシアのように石油や天然ガスなどの資源がなく、そうせざると得なかったのです。だからこそ、現在も石油は99%以上を輸入に頼っており、エネルギー自給率も10%未満という状況です。

これは戦前も同じ状況で、石油輸入の8割を頼っていたアメリカから石油輸入を止められたことで、対米開戦と南進へと進まざるを得なくなったのです。対米開戦の結果、各都市に空襲による都市空爆、広島・長崎に原爆を落とされ、日本は焼け野原となって敗戦しました。

あの戦争を繰り返してはならないという気持ちは日本国民なら誰もが同じ思いだと思います。では、どう繰り返さないようにするのかが大事です。

ここでもう一度、対米開戦の原因を振り返ると、日本に対して1937年に米国・英国・中国・オランダによる「ABCD包囲網」が敷かれたことにより、石油が入ってこなくなったことが大きな原因です。これにより、日本に石油が入って来なくなり、石油を確保するために日本は東南アジアに進出せざるを得ず、そこはいわゆる連合国の植民地であったため、米国を含めた連合国との無理な戦争に突き進んで行ったのです。

石油は当時のエネルギーの根幹です。石油がなければ、戦艦も戦闘機も動かせず、軍事力が実質的に使えなくなるという状況でした。1917年第一次世界大戦中のフランスの首相が米国の大統領に石油の要請をした電報の中に「石油の一滴は血の一滴」と表現されているほどです。

実際に、1941年に国が行った総力戦研究所でも開戦すれば石油が底をつき、日本が敗北するという研究結果が出ていたのです。それでも、戦争をせざるをえない状況に追い込まれたのは、エネルギーがなかったという一点につきます。

もんじゅが持つ別の意味

エネルギーが敵国に握られていたせいで、戦争に追い込まれ、悲惨な敗戦を迎えてしまった日本は、戦後それを克服する努力を十分にしてきたでしょうか。

戦後エネルギーに関して大きく変わったことは、原子力という新しいエネルギーが出てきたことです。原子力は少ない資源から大きなエネルギーを得ることができますが、安全性に関してはリスクがある資源です。この原子力を日本が推進してきたことは、戦前の反省という意味ではエネルギーの供給先が偏るという戦前の反省を生かした国防上、必然と言っても良い判断であったと思います。

その後日本は、高速増殖炉のもんじゅを推進していきます。もんじゅが完成すれば、プルトニウムを燃やして増殖させることで、永遠なエネルギーを得るという計画でした。しかし、1兆円以上の開発費を投じたもんじゅは、結局1Wの電気も生み出さないまま、廃炉となることとなりました。

ここで問題にしたいのは、このもんじゅが反対派の言うように原子力利権のための無駄遣いだったのかということです。もちろん、大量の国費が使われ、ナトリウム漏れを含めて、何度も問題を起こし、将来も実現が難しいという状況になっても、失敗を素直に認めず、さらに無駄な国費を費やしたことについては、徹底的に追及されるべきだと思います。いわゆる原発村に流れていた国費が利権と化していたのも事実でしょう。経産省をはじめ、失敗の原因は徹底的に追及するべきです。

しかし、もんじゅが成功すれば、プルトニウムを増殖させることで、日本が名実共に自前のエネルギーを持つことができました。この理念は間違っていないと思います。自前のエネルギーを確保しなければならないというのは、戦前の反省そのものだからです。

まとめ:歴史の反省としての原子力

このような視点に立つと、原発の再稼働も違った見方ができると思います。福島第一原発のように、原発は事故を起こすと土地や海まで汚染して、国民が住めない土地になってしまうという大きなリスクがあります。しかし、そのリスクと経済上のメリットという視点だけでなく、国防・安全保障としてのエネルギーという視点も加えた上で、選択していくことが必要ではないかと思います。

それでも国民が国土を汚してしまう可能性がある原発再稼働に反対であるならば、メタンハイドレートなどの日本の新たな資源を全力で開発することや、米国のシェールオイルの輸入を増やすことや、ロシアから天然ガスのパイプラインを引く等の具体的なエネルギー確保の代案がなければ、先の戦争の失敗が無駄になってします。

また、逆に原発再稼働を推進していく際には、そのリスクを最小限まで減らせるように、技術開発に投資をし、第三者機関による運用状況の監視といった施策を取っていく必要があります。原子力は安全という神話は初めからないという視点で、現実的なリスク軽減の方法を海外にも習って追及すべきです。

このように原発再稼働やもんじゅについて、原子力は危険だという視点だけでも、原子力は経済的にメリットがあるという視点だけでもない、歴史の反省としてのエネルギー確保という新しい視点でみたこの台詞も人とは違った視点と言えるのではないでしょうか。


投稿者: ミカタマン

福岡県出身、熊本在住の普通のサラリーマン。2児の父親です。ニュースを見てひとりで文句を言うのが趣味です。その趣味が高じてこのブログを立ち上げました。

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